2013年3月31日日曜日

身体で覚えるということ3。繰り返しと見えない身体。

R.シュタイナーは、「エーテル体」「アストラル体」という用語をよく使った。

現代科学では、物理的側面・検証可能な側面にどうしても目が向き、
それ以外は「科学ではない」と切り捨てる傾向がある。

しかし、我々が生きている現実は、現代の科学で認識する以上のことが、
常々起きている。
ただ、それを認識し、原因を解明できないでいるだけであることがいかに多いことか。

「エーテル体」とシュタイナーが呼称していた見えない身体は、
古代の中国では、経絡理論を体系化した大家などは、普通に見えていたのではないか、と思われる。

幼児は、繰り返しが重要である、という。
確かに、幼児は、本当に飽きもせず、何度も何度も、同じことを繰り返し、楽しみ続けることが出来たりする。
大人としては不思議でならない。
しかし、幼児にとっては、繰り返し、特に大好きなことの繰り返しは、見えない身体を育てる糧だ。

愛情が、まず何よりの見えない身体の糧だろう。

そして、その愛情を一身に受けながら、
身体で、試行錯誤をし、一つ一つのことを体得していくのは、何よりの糧であり、学びである。

その際に、より良き導きは、その育ちの自然なプロセスに沿った形で与えられるならば、非常に得がたいものだ。

何事も、先達のあらまほしきことなり。

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