故人となられた白川静氏は、漢字学の巨匠であり、その仕事はまさに偉業と言える。
漢字の語源を知ることは、非常に興味深い作業だ。
その語源学において,白川氏が日本で大きな基盤を形成して下さったことに感謝を覚える。
私が子育ての中で、漢字学習を子どもと行った際、
とても役に立ったツールに、太郎次郎社の「漢字カルタ」シリーズがある。
これは、白川氏の漢字学に学んだ研究者・教育者の方々が、
カルタの形にまとめたものだ。
基本漢字と、部首カルタ。そして、形成音カルタの三種類がある。
シュタイナー教育では、文字をイメージから体験する(「b」ならbearのクマの絵を描いて、そこからbの文字をつくる、といったような)、という手法をとるが、
日本では、漢字がそのためには一番ぴったりのものなのかもしれない。
ひらがなやカタカナよりも先に、漢字の基本文字の方が、
象形文字として入りやすいのかもしれない。
ひらがなで、私は子どもに教える際「い」なら「いるか」を2匹描いたり、といったことを行ってみていたが、
それがどこまで十分な効果があったのかは、定かではない。
絵を描きながら行うことで、一緒に楽しく学んだが、
元々の象形性の低い(漢字から形作られた)ひらがなを、
象形的に覚える、というのは、どこまで効果があるのか、
意味があるのかは、未だに正直、疑問が残る。
「イメージを大事にする」「感覚を大事にする」という価値は、理解できるところではあるが。
「そうでなければならない」というほどの強制力は、今のところ、自分では充分認識できない。特にひらがなに関しては。
逆に「音」を重視して、暗唱を重視することは、記号である文字を覚えるよりも先に、
もっと重視されて良いと思う。
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漢字に話を戻す。
漢字は、特に基本的な漢字は,象形的なものが多い。
しかし、例えば「白」は、骸骨がもともとであるという。
「道」なども、首を戦争でかりとり、道(しんにょう)を帰ってきた、という象形であるという。
そういった、本当は怖い語源を、子どもに適用するのかについて、また躊躇を覚えたものだ。
確か、漢字カルタでは、白は骸骨の形であった気がするが。
まあ、そのぐらいはありかもしれないが、
戦争で首をかって、それをぶらさげてきた、という意味合いで、
「道」の字を子どもに体感するようにしたい、とは思えない。
この辺は、本来の語源がどうであれ、アレンジが必要な部分であろう。
漢字の学習は、奥が深く、大人も楽しいものだ。
これから、このブログでは、漢字についてもいろいろ記事を書いていきたい。
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