2013年3月30日土曜日

「温故知新」の精神

「温故知新」というのは、非常に大事な言葉であり、精神であると思う。

「ルネサンス」という流れが数世紀前のヨーロッパで起きたとき、
そこに生まれた前進は、古典の復興を基盤とした前進だった。
ヨーロッパでの古典と言えば、ギリシャ・ローマ。

日本では、明治維新と太平洋戦争の二回で、大きな”文明”の激流がなだれこんできた。
また、遡れば、種子島に鉄砲が入った折、強烈なインパクトをもたらしたことを考えると、
西洋からの影響はその三回が大きいと私からは見える。
鎖国策を徳川幕府が施行したのは、正負の両面があると思うが、
ある面で、重要な選択であったようであると,今は思う。
小さい頃、学校で鎖国について学んだときは,その意味合いはよく分からなかったが。
日本に生まれ育ったものとしては、
今一度、ヨーロッパのルネサンスならぬ、
日本のルネサンスを志向するときではないかと、思われる。

西洋文明、特に火薬の開発や、蒸気機関の開発による拡大路線は、
今や,世界の隅々にまで広く影響を及ぼしている。

自然破壊も、苛烈に進んだ。
戦争の規模も、核兵器の開発に至って、狂気の沙汰を呈している。

「グローバル化」が全て悪いとも思えないが、
地方の小さな文化、弱い経済力の中に、
非常に重要な価値が多くあることが、
蹂躙され、
今や絶滅し、もしくは風前の灯火になっている。

「近代化」がもたらした利便性の陰で、
多くの文化、伝承などの火が消えようとしている。

今の時代が,それらの火を繋いでいく、ギリギリのラストチャンスであることが、
各地でみられる。

温故知新。
別に新しいものを全て捨てる、ということではない。
新しきを知りつつ、
故きを温める。

この精神は、これからますます重要になると思われる。

「テラスコーレ」という言葉で進めたいと思っている、
私の教育変革の流れでは、
「温故知新」が一つの重要な柱である。

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