2013年3月31日日曜日

身体で覚えること4。わらべうたと5音階。

わらべうたは、とてもいい基礎だ。

音楽にしても、言葉にしても、文化体得にしても。

短いフレーズで、何度も何度も繰り返される。
単純な音階で。

やはり、物事の基礎を形成するには、シンプルなものが良い。

今の幼児教育の基礎を形成したF.フレーベルという人物は、
わらべ歌を非常に大事にした。
自身でも、多くのわらべ歌を創作し、「母と子の愛撫の歌」という冊子にまとめた。
幼児教育でわらべ歌が基本となっているのは、フレーベルの流れがある、ということもあるが、
元々、世界各国で、子育てにはわらべ歌がいつもそばにあったものだ。

そのわらべ歌も、あちこちでその継承がなされなくなり、消えつつあり、
文化消滅の危機が遍在化している。

日本のわらべ歌は、だいたい5音階で出来ている。
シュタイナーも、5音階(ペンタトニック)を重要視した。

世界のわらべ歌は、だいたい7音階のダイアトニックではなく、5音階のペンタトニックで出来ている。
幼児には、5音階のシンプルさが心地よいのだろう。

私も、大人になって、ペンタトニックの鉄琴や笛を子どもたちと奏でてみて、その心地よさをとても愛するようになった。
シュタイナーが5音階の良さを繰り返したのは、慧眼である。
ドレミファソラシドの音階は、やはり小さい子どもには難しい、というかそぐわない面がある。
全てダメ、とまでする必要も無いであろうが。

改めて、子育てや幼児教育には、そして学齢期の育ちにも、わらべ歌はもっと見直されてしかるべき、と思う。
そして、単に音感を身につける、というだけの視点ではなく、
歌を通して、身体を使い、スキンシップを幼児と重ね、単純なリズムの繰り返しの中に安定を得、言葉の奥にある文化や生活や現実の豊かさを体感していくことは、
人間形成の重要な基礎となる。

私自身、幼少期に十分なわらべ歌に触れることは出来なかったが、
わが子や、共に育った子どもたちと幾分取り戻すことが出来たのは、
自らの糧となったものだ。

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