2015年1月6日火曜日

干支を年と月で表示するページをつくってみました。

正月ということもあって、干支の把握ができるページを作ってみました。
http://apps.terraschole.com/eto/

年と月のめぐりがわかります。

左が年。右が月。
年は、還暦の60年サイクルで列を組んでみました。
月は、1〜12月まで丑に始まり子で終わるサイクルがわかります。十二支は月のめぐりを表示するサイクルでもあったのですね。




2014年9月7日日曜日

プロジェクト学習の必要性とその歴史について。

「プロジェクト学習」という取り組み方がある。

何かのテーマを決めて、
課題や背景をよく見て、課題解決策を探っていく、
というような学習方法で、
まあ、日常の中で、気づかずやっているようなことであるといえばそうだ。

キルパトリックというアメリカの教育者が提唱したもので、
彼は、デューイというやはりアメリカの教育者の弟子。

デューイは、「問題解決学習」ということを、それに先駆けて実践してきており、
教育法の系列が見える。

デューイは、フレーベルの教育法に学ぶところが大きく、
フレーベルのロマン主義、象徴主義は大いに批判しているが、
フレーベルの実際的なメソッドについては、継承者であると言えると、著作「学校と社会」の中で述べている。

フレーベルは、「労作」と称して、
子ども達が自己学習、働くことを通して学ぶ、ということを重視した。

フレーベルはキンダーガルテンで知られているが、
それ以前に、寄宿制の学校を作り、そのカイルハウ学園にて、
農作業などを子ども達の日課としたことなどはあまり知られていない。

しかし、明らかにその流れは、
薄まりながらも現代の幼稚園に受け継がれ、
また、アメリカの学校教育の主流を形成したデューイにも影響を及ぼし、
アメリカ式の教育システムに隠然たる影響を及ぼした。

「プロジェクト学習」「問題解決学習」は、今の時代の日本に必要であると思う。
また、子どものみならず、大人にも常に必要とされている。

解決されるべき課題は山積みであり、
それに向けて、我々は、記憶力主体、一問一答式の学習主体のところから、
課題解決型、
自己相互実践学習の比重を強めることを、提言したい。

言語習得。間違えることの価値。

英語を学習して、結局、「間違えてナンボ」という側面を馬鹿に出来ない、
とたびたび思う。

言語習得に際して、
「間違い」を恐れる心は邪魔だ。

「間違えながら修正していく」ということが、
言語獲得の早道ではないだろうか。

それを、机上の学習中心、文法中心になると、
「間違えること」を恐れる心がどうしても涵養されてしまう。

問題だ。

私は、「間違いながらでも伝える」ということを、自分に許してから、
英語が話せるようになった。

それまでは、大学受験でも、それなりに英語力の模試などで成績をあげても、
しゃべれなかった。

「間違い」を許す。
それが、コミュニケーション言語としての外国語習得の早道だと、
私は思う。

もちろん、文法の学習に意味がないとは言わない。
比重と順番が、基本的に逆ではないか、と思うところだ。

口を使って、しゃべってみること。
何せ、それが非常に重要。
トロイ遺跡を発見し、10数カ国語を使いこなしたシュリーマンのやり方からも、
そのことは分かる。

彼は、各国の教会に行き、
聖書を読み、ぶつぶつ唱えていたという。
聖書の内容は共通なので、
同一箇所を、その国の言語ではこう言うのだな、という基軸として、
彼は言語を習得していったとのこと。

面白い。

言語習得のコツを、シュリーマンに学びたい。

カタカムナのおもしろさ

日本には、後世の創作と目されることもある、様々な古代文字がある。

私は門外漢で十分分からないが、
「カタカムナ」は、非常に深遠なものを感じ、
後世の人間が創れたとしたら、恐ろしく深いセンスと直観力の持ち主で驚異だし、
まあ、普通考えるに、楢崎氏の創作などとは思えない。

カタカムナは、子ども達とかつて唱えていて、
愉しいものであった。
5首と6首をあわせると48文字が網羅されており、
いろは歌のような網羅性と深い意味合いが感じられる。

「カタカムナ音読法」を伝えておられる松永氏のワークも、
興味を覚える。

難しいことが分からなくても、
一音一音音読していくと、よくわかるし、
それ以降の時代の日本語もよく分かるようになる、という。

面白い。

カタカムナは奥が深いことだけは感じる。

「相似象」という機関誌は、何度か何度か繰り返し読んだが、
十分な理解には達しない。。
時間のかかる学び、だろうか。

これからも愉しく付き合ってゆきたい。

2013年8月25日日曜日

小さな生きる喜びについて

生きる喜びには様々なものがあります。

貨幣経済が強まって、お金を生むものに価値がおかれることが強まりましたが、
本来は、お金を生み出すということにつながらずとも、充実すること、幸せなことは多くあるもの。

生きる喜びを感じられることが、
暮らしの中に、生きる中に、一つでも二つでもあることは、豊かなことです。

私は、小さい頃、エレクトーンを習いに行き、
二回ぐらいで「行きたくない!」と言って止めました。

鍵盤楽器は、性に合いませんでした。
もしかしたら、ルーティーン的な練習が性に合わなかったのかもしれません。
しかし、幼い自分にはそのように分析する力もなかなか持ち合わせていませんでした。

今、長じて、ピアノで短音ながら、好きなメロディーを追って奏でることを、
とても楽しく感じており、
時折時間を見つけては、弾いています。
ラピュタの「君を乗せて」のメロディーや。

まったく他人様の前で披露するようなレベルではありませんが、
自分の中では充実する時間です。
少しずつ間違えずに弾けるようになり、ちょっとずつ前進があり。

技術や才能には、お金に繋がることもあるでしょうが、
直接お金に繋がらなくても、心を満たす、成長の糧となる、
そのようなものはいろいろあるものです。

一個の人間は、豊かな複数の種を有するもの。
大事に色とりどりの花を育てたいものです。

2013年7月16日火曜日

「人間のタイプと尊厳」

人間にはタイプがあるもの。
そして、それはかなり根源的なもの。

しかし、全く変わらないかと言えば、変わることもある。

実に、この辺は興味深いところです。

ずっと私は、人間のタイプについて、研究・観察してきました。
色々な人間学を紐解きました。

自分も一個の人間であるように、
子どもも一個の人間です。
尊厳のある存在であり、
どうとでもなるものではありません。

尊厳を持つ者同士、
敬愛の中で育ち合っていきたいものです。

九九の楽しみ方(赤と青で数を楽しむ)

少し前に、九九を楽しく学ぶ方法を一つ、考えつきました。

赤と青の駒を用意して(磁石など)、
九九を視覚的に体験します。

ちょっと前に、動画をつくってみたので、まだ練り上がっていないものですが、
よろしければ。

たった二色の小丸で、数をかなり楽しく体験できます。
大人の方が「楽しい!」とおっしゃる算数メソッドです。

(2と4の段について)


(注:途中、「乗数」と言っているのは「平方数」の間違いです。訂正いたします。
乗数は、「かける方」の数、とのこと。
この辺、未だに不確かです。。(汗)
まあ、大勢に影響なし。)

(1,3,5の段について)


(足し算、引き算の基礎)

 ソロバンの5玉を、色で置き換えたような発想のメソッドです。
 どなたでも出来、色々遊ぶ中で発見・発展が見られます。

 これで遊ぶと、数に強い子が育つことでしょう。